(『就職勤務・起業・経営技術読本』9)
9 自立経営維持に必要な法律認識の内容と水準


 −経営組織で仕事をする人のための必須法律認識情報−

 前書き(この認識の基本的な考え方)

 自立経営の確保・維持にとって、なぜ、そのための法律認識が必要なのか。また、「法律知識」と言わず、「法律認識」というのはなぜか。

 法律は、細かい様々な定めで成り立っているとしても、結局は、" なんらかの範囲での社会的な合意を基礎にしている社会的なきまり(ルール)"の一つと言えるでしょう。
 そして経営上でも、法律に関わる事柄について特別に学ぶということがなくても、学校や社会から学んだ知識や、なんらかの範囲での社会的な合意になっていると考えられるところを基準にした判断や対応で、自立した経営を維持してきている人たちも多くいます。
 しかし、特に司法書士の業務上の観点から、自立経営維持に必要な法律認識を持たないでいた、という、その理由のために、自立経営を維持できなくなってしまい、また、回復もできなくなってしまったという人たちも、少なからず目につきます。

 一般的に、経済・景気状況の悪化のために多くの経営組織の経営維持が困難な状態に追い込まれるような時期には、利害対立がよりするどくなって、法律問題にかかわる選択肢が重要課題になる場面が多く出てくるようになります。
 その経営組織自身が持つ専門的技術や、マーケティング技術や、一般的な社会常識などだけでは、対応や判断を誤ってしまう結果となる、一定範囲の法律認識を前提にした法律的な判断を要する問題への判断が重要な岐路になる(重大な結果を生む)場面も増えます。
 そして、そのような問題の判断を誤ってしまったり、判断の時期遅れになってから、法律の専門家に相談したり任せたりしてみても、その時にはすでに自立経営の維持や回復は手遅れになっている、ということが少なからず存在します。

 また、自立経営維持に必要な法律認識を持っていると、経営上のさまざまなトラブル(紛争)の場面で、少なくとも法律上の効力の観点からより適切な行動を選択できる結果、経営上の目標実現をよりとどこおらせずに進めていくことができるようになる、という価値もあります。

 このような理由から、自立経営維持に必要と考えられる法律認識の内容を、自立経営維持にとって必要と考えられるその水準(認識の範囲)を予測しつつ、以下で述べていきます。

 なお、ここでは基本的に、経営組織の規模や経営組織が供給していく商品の種類などによって異なることのない、共通して今日必要と考えられる法律認識の内容について述べます。
 ただし、中小零細規模の経営組織で特に必要になる部分について、及び、経営組織の主な供給商品の種類に応じて特に注意すべき部分について、少し詳しく述べる部分もあります。

* 前に第5章で述べたように、この読本の中で「知識」と「認識」という言葉は、その対象としては同じものを、体験(特に実践的な体験)の中で相対的に離れて見たときには"知識"と呼び、相対的に近づいて見たときには"認識"と呼ぶことにしています。
 それは、その知識を技術として活用しようとすると、その実践の体験の中で、その対象に近づいて見たときに使われる認識という言葉を合わせて使った方が、単に知識という言葉を使っているより、より適格な表現になると考えられるからです。
 また、特に機械に置き換えることができないような技術は、そのための知識を、単に知識として知っているというだけでは不足であって、それ以上に認識として活用できるのでなければならないものだと考えられるからです。


 なお、この「経営組織で仕事をする人」の必須法律認識は、このサイトの中に掲載している「社会人としての必須法律認識」に目を通して、それらを一応でも確保していると、この中のそれぞれの項目の、経営組織の仕事の中での位置づけが分かりやすくなると思います。

         −自立経営維持に必要な法律認識・本文−
                   
(1) 税金と社会保険料の法律認識

 下記の1)〜12)に区分して表示した、税金と社会保険料の支払金額が、その経営組織の経営維持にかかわる「公的サービス」に対する基本的な負担金額になると考えられます。
* "公的サービス"は、私的契約に基づいて受けるものでなく、国や自治体などの公的組織から本来的に受けるサービスの意味です。

 そして、この、"公的サービスへの負担金額としての下記1)〜12)の税金と社会保険料の支出金額の中でその経営組織自身が「損費」として支出する金額が一定期間内でどの位になるか"を、概数で予測計算しておくことが、経営の維持のうえで可能であり、かつ必要的な経営技術になります。
* この概数予測をしておかないと、基本的に資金収支に大きな予測外の事態が発生することになります。

〔税金〕
1) 法人税・法人住民税
2) 所得税・個人住民税
3) 消費税
4) 相続税
5) 事業税
6) 経営組織の供給商品の種類に応じての基本的な税金
 (たとえば、"不動産取得税"、"料理飲食税"、"入湯税"など。)
〔社会保険〕
7) 健康保険料
8) 国民健康保険料
9) 厚生年金保険料
10) 介護保険料
11) 国民年金保険料
12) 雇用保険料
13) 労災保険料

(なお、"社会保険"という言葉は、狭い意味では、上記の7)9)だけを指します。
 また、上記の税金と社会保険料の中で、その経営組織の「損費」になる支出金額がどのくらいになるかを予測計算する具体的な方法の説明は、この読本内ではしていません。
 読みやすい税金や社会保険料の説明本を見たり、税理士さんに相談したりして、その概数を予測計算して下さい。
 税務署のコンピュータに電話やファクシミリで問い合わせて回答をもらえる"タックスアンサーサービス"によって、その内容を知ることもできます。)


 この、基本的な税金と社会保険料の中で、その経営組織の損費になる支払金額は、次の10章で述べるような"経営計画書"に記入して、これを含めた計画を実現できるように経営していくことは、有効な経営技術の一つになります。

 これらの税金と社会保険料の支出金額は、基本的に、毎年一定時期に、その前1年分の収益を基準として支払金額が決まることになっており、また、基本的に一括支払金額なので、その支払時期の前1年間の期間中の損費としてその概数を予測計算して、経営計画書に記入しておく必要があります。

 なお、個人経営組織の場合には、これらの税金と社会保険料の支出金額は、(8章で述べたような)「経営組織部分」の損費にはならない場合でも、その定期的な「個人生活活動部分」の金額として、計算・予測することが可能です。
 そして、個人経営組織に場合には、基本的にこのこと−すなわち、"個人生活活動部分の金額として個人の税金と社会保険料の支出金額の概数を経営計画に入れておくこと"−が必要的な経営技術になります。
* この概数予測をしておかないと、基本的に資金収支に大きな予測外の事態が発生することになります。
 勤労者の場合には、これらの税金と社会保険料の支出金額は、経営者が計算して控除しているので、このことを省くことができます、が。
 個人経営組織の場合には、「個人生活活動部分」の金額は、「経営者が勤労者への給与から控除して預かって納税・支払いをする預り金」のように認識していくことが可能で、そのように計画すべきものです。

 さらに、中小会社・中小法人である経営組織の場合も、個人経営組織の場合と同様に、経営組織部分」の損費にはならない場合でも、これらの経営者個人の税金と社会保険料の支出金額は、その定期的な「個人生活活動(費)部分」の金額として、その概数を計算・予測することが可能であって、かつ、個人経営組織に場合と同様に、このこと−すなわち、"個人生活活動部分の金額として個人の税金と社会保険料の支出金額の概数を、経営者個人分の経営計画に入れておくこと"−が、必要的な経営技術になります。
* 勤労者の場合には、これらの税金と社会保険料の支出金額は、経営者が計算して控除しているので、このことを省くことができますが。
 中小会社・中小法人である経営組織の場合にも、その経営者の「個人生活活動部分」の金額は、「経営者が勤労者への給与から控除して預かって納税・支払いする預り金」の(その一部の)ように認識していくことが可能で、そのように計画すべきものだと考えます。
 個人経営組織や、中小零細の会社・法人の経営組織の場合に、それらの税金や社会保険料負担が、その経営組織(自身)の「損費」になる金額かどうか(「個人生活活動部分」の「公的サービスの受け取り」へ支出金額であって、個人生活活動部分からの「預り金」の性質のものではないのか)については、「考え方としては」、"その経営組織自身の収益を確保するために必要な「公的サービスの受け取り」への支出金額であるかかどうか"で区分できると考えられます。
 しかし、実際には基本的にすべて、税金と社会保険に関する法律で細かく決められています。



(2) 約束・取引と契約の法律認識

 経営の上で、確認しておくべき最重要な法律認識の一つは、"人と人の間で交わした互いの約束・あるいは取引の効果は、そのような約束・取引をすることが法律で禁止されているのでない限り、また、法律上意味のない約束や取引でないかぎり--すなわち、利害対立を発生させる要素がない約束や取引でないかぎり「法律上でも」効果を持つ"ということと、"そのような約束・取引によってお互いが持つことになった法律上の権利や義務は、その法律上の権利を持つ人が、その法律上の義務を負っている相手方に対して、権利として道義的・精神的な強制力を持っているだけではなく、法律上の手続を踏んで物質的な強制力を伴って実現させることもできる"ということです。
 この、物質的な強制力は、今日では基本的に、国の司法・行政機関など公的な機関を通して、法律に規定された「民事強制執行」手続として行使されます。

 上記を要約すると、"約束・取引は、基本的に法律上の効力を生じる。そして、法律上の効力を生じるとは、民事強制執行もできるということである。"と言うことができます。
  * 法律上の効果を持つ互いの約束の中で、お互いに、権利とこれに対応する義務を生じさせるものを、「契約」と呼んでいます。
 経営組織の取引の基本は、"契約"です。
 "契約"は、互いに異なる権利義務を、相互に生じさせる場合があります。たとえば、"売買契約"は、当事者の一方には、売買の対象物の所有権を相手方に移す義務とその物の代金を相手方から受け取る権利を生じさせ、その相手方には、その物の所有権をその相手方から受け取る権利と、その物の代金をその相手方に支払う義務を生じさせます。
 そして、その契約で定めていない基準で、当事者間のその契約を実行する上で必要な事項であるのに、当事者間でそれを定めていない基準は、「民事法」に定められています。このことも、重要な法律認識の一つとして確認しておいたほうがよいと思います。
 "民事法"は、"私人間の財産関係や、取引のやり方など(すなわち「民事」)についての基準を定めている法律"です。 この"私人"という場合の「人」には、「法人」もふくまれます。
 民事法の基本的なものは、「民法」と題された法律に定められています。

 このような民事法は、"犯罪の処罰基準や処罰方法など(すなわち「刑事」)"についての基準を定めている、「刑事法」とは異なる分野を対象にしています。
 (たとえば、「あなたに、来月金何万円を無条件で与える。」という約束をすると、基本的にその約束をした人は、その約束について法律上の義務を相手方に対して負い、相手方は法律上の権利を取得します。
 ただし、このような、無条件で何かの財産を誰かに与える約束である「贈与」契約の場合には、文書にしていなければ、いつでもこの契約を、法律上有効に取り消すことができることになっています。
 また、「あなたに対して、あなたが誰それに対して持っている金何千万円の貸金返済について、保証します。」という約束をすると、その約束をした人は、基本的にその全額について、その相手方に法律上の保証義務を負い、相手方はその履行を請求する権利を取得します。
 このような「保証」契約の場合には、文書にしていなくても、有効な法律上の権利と義務になり、基本的には取り消すための法律上の理由がないと、取り消すことができなくなります。
 ただ、文書にしていなければ、その約束があったことを証明することが極めて困難になりますが、有効であることには変わりありません。
 さらに、「この約束に違反したら、金何万円を支払います。」と約束したら、基本的にその約束をした人は、その約束について法律上の義務を相手方に対して負い、相手方は法律上の権利を取得します。)


 このように、経営上では特に、"誰でも、自分が約束したこと・取引したことについては、その相手方に対して基本的に法律上も義務を負うものである"ということを知っておいて、"経営上では特に安易な約束はしない"ということを認識している必要があります。
(経営上では、商品供給の約束と、その商品代金支払の約束という、互いの約束[取引]をすることが中心的な活動になり、その互いの約束が実現されるかどうかが経営目標達成の重要な要件になっているため、経営上の取引ではない個人的な約束の場合以上に、その約束に関しては厳しい義務が生じるものとして扱われています。)

 繰り返しになりますが゛これが、経営組織がその経営を維持していくために、経営の上で、まず第一に認識しておくことが必要な、とても重要な法律認識になると考えられます。その約束の法律的な効果を知らないまま、安易に重大な法律上の義務を負ってしまい、経営維持やその回復が不可能になってしまうことが少なからずあります。
(社会的常識としては、約束を守ることは当然だと言えるかもしれませんが、その約束上の義務が、法律上の効果(働き)をも伴う義務になるということまで認識していない場合が、少なくありません。)

 経営上で、"契約とは約束のことであり、約束は契約である"といっても、ほとんどまちがいないと思います。
(互いの"約束"を、互いの"合意"と言う場合にも、同様です。)


 
(3) 文書と署名と印鑑の法律認識
 
 前の項目で述べたように、経営上では"安易な約束・取引はしない"ということを認識している必要があるとしても、約束をしたその相手方の方では、"相手が約束してくれたのだから、その約束してくれたことについては、必ず法律上の権利も実行できることになる"と考えることは、基本的にできません。

 法律上での権利を持っていることにまちがいがなくても、たとえば昔の約束になると、何か物質的なものに確実に記録してでもおかない限り、あいまいなものになっていってしまいます。
 そんなに昔の約束ではなくても、自分の都合のわるい約束は忘れてしまいがちなものです。また、当初から、確かに約束してくれたのかどうかさえ、確かな記録がなければ、はっきりしないことも少なくありません。

 法律上の義務を相手方に確実に実行してもらうためには、その権利を自分が持っているということを、社会的に--特に裁判所に--証明できなければならないでしょう。
 そのためには、その約束を、約束してもらったその時のできるかぎりすぐに、確実な記録に残しておく必要があります。

 相手が約束を守ってくれないために法律上の権利を実行するという場合には、自分がその相手に対して権利を本当に持っているかどうか(またどの範囲まで持っているか)について、裁判所に申し立てて判断してもらうことが必要になります。

 裁判所では、申立書に添えて裁判所に提出する"証拠"(すなわち、その権利をその本人が持っているということを社会的に--客観的に--証明できるもの)に基づいて判断をします。

 このような、裁判所への申し立ての時にも、何か物質的なものに確実に記録されていることがない限り、権利の根拠になる約束があったことの証明をすることは、きわめて困難です。

 経営上では、基本的に、互いに交わす約束・取引については、忘れてしまってよいものを除いて、すべて文書で記録を残しておくべきだと思います。
 相手方の署名や印をもらえなくても、日誌に継続的に記録を残しておくと、証拠として役立つこともあります。
 実際にも、注文伝票や請書などは、取引の都度交わされます。これらの伝票は単なる状況の確認の場合もありますが、基本的にはすべて、取交わす約束・取引の記録です。

 "契約書"は、重要な約束について、このような記録のために作成・署名・押印された文書です。

 契約書という題名でなくても、"約束書"、"合意書"、"覚書"など、どのような題名の文書でも、また題名もなくてさえも、約束をしたことを本人が記録して相手に渡した文書であれば、基本的にすべて契約書だと考えてまちがいはないものです。
 注文伝票や請書などもすべて、契約書の一部か、あるいはそれ自体が契約書です。

 約束の記録として一番間違いないのは、通常は、本人自筆の日付入り文書と、それへの署名です。但し、これは、本人自筆にまちがいないことがわかる文書が他に保存してあるなどの方法で、本人自筆であることを確認できる限りです。

 契約を証明する文書に契約した本人の氏名が書かれた文書に、実印を押してもらい、その印鑑証明書をもらっておくというだけでは、確かに本人が押したものかどうか、問題になる場合も、ままあります。
 その氏名を自筆署名してもらって、それに実印を押してもらってその印鑑証明書をもらい、さらに、いつどこで署名押印と印鑑証明書をもらったのかを書き添えておけば、その署名をしたのがまちがいなく本人であることを自分が確認できていたのであれば、その証明はほとんど確実になります。

 重要な、後々確実に証明できないと困る約束・取引では、特に経営上では、この位確実な記録をお互いにできるだけ取っておくべきだと思います。



 
(4) 民事強制執行手続の法律認識

 "自分が持っている権利に対して義務を負っている相手方が、その義務を任意に実行してくれないときには、物理的な強制力によっても、その権利の実現を働きかけることができる"という法律上の権利の効果(働き)は、その権利を持っている人自身が、裁判所に申し立てて、自分のその法律上の権利に対して相手方が法律上の義務を負っているということを公的に確認してもらった上でないと、基本的には実現させること(働かせること)はできません。

 このような、"裁判所に申し立てて、ある人の法律上の権利に対してその相手方が法律上の義務を負っているかどうかを公的に判断して確認してもらう手続"が、「裁判」手続です。

 この裁判手続によって、その権利を持っていることを裁判所で判断してもらうと、裁判所では"判決"という文書を出してくれます。
(「判決」は、"申し立てた誰々にこれこれの権利があることを確認する"という形でなく、相手方に"義務の実行を命ずる"、という形でなされる場合もあります。)

 この判決をもらった上で、やはり裁判所に対して"物理的な強制力によってもその権利の実現を働きかける"ための手続の申立を行うことによって、法律の定めた手続で、また法律に定めた範囲で、その権利を実現させるという段取りになります。

  * 私人間での直接的な権利・義務の関係のことを、"民事(法律)関係"といい、そのような私人間の権利・義務に関して紛争が生じた時に、その権利・義務の帰属に関して裁判所の判断を求める手続を"民事裁判手続"といいます。
 さらに、このような、人と人の間の直接的な権利を実現させるために、判決をもらった上で裁判所に申し立てて、その権利の実現を強制的に実現させる手続のことを、"民事強制執行"手続と呼んでいます。単に"強制執行"と呼ばれたり、あるいは"民事執行"とも呼ばれたりすることもあります。

 民事裁判手続や、民事強制執行手続は、その権利を持つ人、又はその代理人が、直接裁判所に申立をして開始されることになっています。

 なお、前にも少し触れましたが、以上のような、"人と人の間の直接的な権利を、直接的に実現させるための手続"である民事裁判手続と民事強制執行手続に対して、"社会生活の中で一人一人の生命や身体の安全などを確保する権利を、一般的・間接的に実現させるための手続"として、このような、人の生命や身体の安全などを確保する権利を侵害する行為の中で特に公的な制裁を受けてしかるべきと考えられた行為を、法律で"犯罪(行為)"と定めておいて、そのような犯罪を行った人に対して、やはり法律に基づいて物理的な強制力をも伴いうる制裁("刑罰") を課す、という手続があります。
 この手続は‘刑事訴訟手続’と呼ばれています。この手続のことは、次項目で述べます。


 人と人との間で直接的に権利実現のために行われる手続である"民事強制執行手続"は、基本的に、その義務を負っている人の「資産」か、(個人の場合には基本的な生活費を除いた)「一定範囲の)収入」に対してだけ行われます。

 具体的には、裁判所が、その義務を負う人に対してその資産を処分することを、罰則付きで禁じたうえで、その資産を強制売却して、その代金を配当する、という手続で行われます。
  * 他人から借りてこさせてこちらに返済させるとか、身体を拘束して働らかせる、というようなことは、少なくとも今日では、法律上でもできません。
 ただし、社会的に許されると考えられる範囲でのものですが、その義務を負う人が一定の行為をしないと損害金を支払わせる、という形での民事強制執行や、代わりの人にその行為をしてもらってその代金をその義務を負っている人に請求できるようにする、という形での民事強制執行も、行われています。


 人と人との間の直接的な権利義務の関係では、この民事強制執行手続が、権利を実現させるために取られる、最終的な法律上の手続になります。
  * "破産"の申し立て手続というものがあって、これも法律上の義務を負う人の財産に対して行われる民事手続です。この手続は民事強制執行手続に類似している要素がありますが、かなり性質の違う手続なので、後の項目で述べます。

 なお、民事強制執行手続の申し立てについては、義務を負っている相手方に対して、申し立てた当人の他にも申し立てをする権利を持っている人がいるという場合も、少なくありません。

 このような場合に、その、他の人が重ねて申し立てをすると、民事強制執行手続によって配当される金額は、申し立てをした人の間で、その権利の金額(すなわちその権利を金額換算した割合)に応じて配分されます。

 しかし、その申し立てをした人が、法律上で優先される"担保"を持っていると、その担保を持っている人の権利が優先して実現されることになります。金額の配当であれば、優先して配分されます。
  * "担保"とは、権利を実現させる上でその実現の保証になるもののことですが、多くの場合、保証になるもののうち、自分に優先権のあるもののことをいいます。これについては、後の項目で述べます。

 民事強制執行手続に関連して、経営維持のために重要な認識として、次の点を確認しておくことが必要だと考えられます。

「取引の相手方、特に継続的取引の相手方に対する"信用"の範囲は、基本的には、「その相手方から"受ける(優先権のある)担保"と、"取引関係者の共通の担保となる相手方の純資産"と、相手方の"(基本的な生活費を除いた)予測される定期的な所得収入"の範囲で与えることになる。」

(相手方を支援する目的で信用を与える場合にも、その範囲は若干変わるにしても、やはり基本的にはこのようになります。)
  * "信用"、"純資産"及び"所得収入"などの意味は、この読本の(細目次での)第3章及び第8章で述べた事項の基本的な認識に基づいて、はじめた正確なものになります。"相手方の生活費を除いた"という部分についても、それが条件になるその理由は、同じく第2章、 第3章及び第8章で述べた事項の基本的な認識に基づいて、はじめて正確なものになるものです。
 "支払能力がないわけではないのに、支払をしない"という取引の相手方も出てくるものですが、この場合には、法律上の手続を取ることによって支払を受けることは可能になります。ただし、手続を取ることによる経費の方が高くなってしまうということがないわけではないので、支払約束に対する相手方の倫理感という要素も、その人の姿勢などから判断して取引をしなければならない、という経営技術もあります。これは、直接的に法律認識にかかわるものではありませんが、ここで述べておきます。



 
(5) 犯罪行為とその処罰についての法律認識

 自分が犯罪行為を犯すことがなくても、経営上で、取引の相手方や、さまざまな人や組織から、犯罪行為や、犯罪行為になるかどうかのすれすれの行為を受けて、損害をこうむったり、経営活動がとどこおったりする場合があります。

 このような時のために、経営維持のために必要な程度に、犯罪行為とその処罰についての法律認識を持っておく価値があります。

 犯罪は、"その行為を行うと、法律で定めている刑罰を受けることになる--言い換えると罪になる--と法律で定めている行為を、人が犯すこと"です。
  * 犯罪は、それが行為だということを強調するため、ここでは主に犯罪行為と言います。
 犯罪行為をした人は、基本的に、法律に基づく基準と方法とによって、公的な物理的強制力を伴いうる‘刑罰’という制裁を受けることになっています。
  * この、罪になる行為〔すなわち犯罪行為〕はどのような行為かということと、その犯罪の刑罰はどのようなものになるかということとを定めた法律を、"刑法"と呼びます。
 その刑法の個々の定めを、‘罰則’と呼ぶこともあります。


 犯罪行為があった場合には、警察などの公的な組織が、独自に、または、犯罪行為をした人の処罰を求める申し立てである告訴や、告発をまって、犯罪行為が行われたかどうかを捜査して、検察官に報告します。(検察官自身も捜査できます。)

 検察官は、犯罪行為があったと判断したときには、その判断と、その犯罪行為に対してどのような刑罰を課すべきかの判断を添えて、裁判所にさらにその判断を求める‘公訴’を提起します。

 その裁判所の判断にもとづいて、罪を犯した人に対しては、判決が言い渡され、最終的にはその判決に基づく刑罰が、公的組織によって課されるという段取りになります。

  * 前にも触れましたが、犯罪行為を捜査し、裁判所に対して犯罪の成否と刑罰範囲の判断を求め、その刑罰を実行する法律上の手続のことを‘刑事訴訟手続’といい、その手続を定めた法律を‘刑事訴訟法’といいます。

 このような、"犯罪とその処罰の法律と手続"は、人が社会生活上の安全などを確保できる権利--言い換えると、人は他人のそのような権利を犯してはならないという義務--を、一般的・間接的に実現させるための法律と、その手続です。
 このような種類の法律と、その手続を、‘刑事法’及び‘刑事手続’と呼んでいます。

 これに対して、人と人との間の財産や契約に関して直接的に当事者間に生じる権利の実現と、これに対応する義務の履行あるいは強制執行に関して定められている法律とその手続は、前に述べたように‘民事法’ 及び‘民事手続’と呼んでいます。



 "告訴”は、犯罪行為の被害にあった人が、その犯罪を犯した人の処罰を求めて、犯罪行為を捜査して公訴を提起してもらうために、警察や検察官などの公的な組織に申立をすることです。
 ”告発”は被害者以外の人が申立をする場合に使われる言葉です。

 また、告訴・告発をしなくても、犯罪行為や、犯罪行為になるかどうかすれすれの行為を受けたときに、警察官に捜査をうながしたり、その抑止のために支援を求めたりすることは、禁じられているわけではありません。

 自らや、救助者の抵抗だけでは抑えられてしまうような場合には、基本的に積極的に活用すべきでしょう。


 
(6) 団体と法人の法律認識

 個人以外で、法律の定めによって”人”として扱われる組織を、”法人”といいます。
 この法人としての組織の中には、人の団体である組織だけでなく、一定の財産を中心にしてその財産を活用する人々を法律に基づいて選んで、その財産の活用をするために作られた、人の団体とは言えない”財団法人”と呼ばれる組織も含まれます。
(”財団”とは、財産の集まりという意味です。)
 なお、 個人一人だけがその法人の全員だという法人もありえます。
 また、個人だけでなく、法人も、他の法人の一員(一人)になりえます。

 さらに、法律の定めによる法人ではないけれども、取引の上で、その取引の法律上の効力が及ぶものとして扱われている人の団体があります。
 運営規約があって、会議が定期的に行われているような団体で、このような団体のことを、法律上の専門用語で‘権利能力なき社団’と呼ばれています。
(自治会や同窓会などの多くがそうです。)

 経営上で、取引の相手方が、個人か法人か、それとも”権利能力なき社団”であるかは肝心なことです。

 取引の上で、”権利能力なき社団”は、その権利義務関係が複雑になったり、あいまいになったりしやすい、という特徴があります。

 法人や‘権利能力なき社団’の場合には、その法人や団体の意思を代表する(すなわち代わって表示する)個人が、必ず必要です。
 その個人を‘代表者’と呼びます。
  (ただし、法律上では、”理事”とか、”代表取締役”などの名称で呼ばれ、取引上では、社長とか、会長とか、総裁などの名称で呼ばれたりしています。)

 代表者が、本当にその法人の意思を代わって表示する権利を持っているかどうかも、取引の上で肝心なことです。
 その法人との取引は、本当にその法人や団体を代表する人、その権利を持っている人との取引でないと、法律上の効果をもちません。
  * その法人の職員との間で行われた取引も、そのような職員が取引の慣行上通常持っていると考えられている範囲の"代理権"を持っているものとして、その範囲で、その職員がその法人の代表者から委託を受けて代表者の代わりに行った取引として、有効になりえます。しかし、重要な取引の場合にはその代理権を確認することが必要なことが、多くなります。
 なお、ここで代表者としての権利と言いましたが、正確には代表者としての法律上の地位と呼ぶべきものです。その取引の上では、代表者自身のための権利とは言えないからです。
 このような代表者としての法律上の地位のことを”代表権限”と呼んでいます。簡単に、”代表権”とも言います。


 法人の場合には、基本的にその法人の存在や、代表者が登記されているので、その登記によって、その法人の存在や、代表者を確認できます。登記されていない法人は、本当に法人なのかどうか、本当にその代表者が代表者なのか、確認する必要があります。

 ”権利能力なき社団”の場合には、規約や会議録などを確認しないと、その取引上の義務を本当に実行してもらえるかどうか確実ではなく、法律上の効果も生じていない場合があります。

 法人に関することについては、後の項目でも述べます。


 
(7) 代表と代理の法律認識

 取引は、その取引をする個人本人、またはその取引をする法人や団体の正規の代表者が行うのでないと、その取引は基本的に法律上の効力を持ちません。
  * 逆に、法人や団体の正規の代表者がその法人や団体に代わって行う取引は、法律上でも、その法人または団体そのものが行う取引だとされています。
 以下では、個人本人が行う取引だけでなく、法人や団体の代表者がその法人や団体に代わって行う取引も、その法人または団体の、”本人の取引”であるとして述べていきます。
 このような”本人の取引”に対比されるのは、以下で述べる”代理人による取引”です。


 ただし、本人がその取引の代理人を選んで、その代理人が本人の代理人だとしてその取引をしたときには、その取引は本人との取引として有効な取引になりえます。
 この、取引上の代理人が確かに本人の代理人であるか、言いかえると本人の代理人としての権利を持っているかどうかも、取引の上で法律上重要なことです。
  * 前にも少し触れましたが、ある経営組織の職員との間で行われた取引は、そのような職員が取引の慣行上で通常持っていると考えられている範囲の代理権を持っているものとして、その範囲で、有効になりえます。
 また、ここでも代理人としての”権利”と言いましたが、正確には代理人としての”法律上の地位”と呼ぶべきものです。その取引の上では、代理人自身のための権利であるとは言えないからです。この場合の、本人を代理できる法律上の地位のことをも、法人代表者などの場合と同じような言い方で”代理権限”と呼び、簡単には”代理権”と呼んでいます。


 個人や、法人や団体の代表者本人との取引でない場合、または、取引慣行上その経営組織の本人を代理する権限を持っている職員との取引でない場合には、基本的に、本人の委任状などでその代理権を証明してもらったうえで取引をする必要があります。
 そしてその代理権の証明も記録に取っておく必要があります。
  * 少し専門的なことになりますが、この代理権の証明書としての委任状についても、取引契約書の場合と同様に、実印と印鑑証明書付の文書だからまちがいないとは言えません。
 本人が確かに署名した文書かどうか、そしてその代理権は取引のどの範囲について与えたのかを、直接本人に、たとえ電話でであっても自ら確認しておく必要がある、と言えます。特に、あとあとまで重要な契約の場合には必須です。
 本人が実印を貸したけれどもその本人の意思があいまいだったり、その印鑑が盗用されていたり、実印や印鑑証明書さえも偽造されていたというような場合が、ままあります。

 その自称代理人の行為が、犯罪行為になるものであって、刑事手続上でその人が処罰されたとしても、民事手続上では、本人が確かに代理権を与えたことを証明できるのでなければ、本人に対してその取引の義務履行を請求できません。

 ただし、自称代理人が実際にはその代理権がないのに、その自称代理人として取引をすることについて本人に責任があるような場合には、例外的に本人に対してその取引の法律上の義務履行を請求できる時もあります。あくまでも、例外的なものです。



 
(8) 時効の法律認識

 売掛金などの中には、たとえば2年位そのままにしておくと、請求する法律上の権利が"時効"によってなくなる場合があります。

 手形を持っている人が、裏書人に対してその支払を請求する権利は、1年間請求しないでそのままにしておくと、同じく時効によってその権利を失うことがあります。

 不動産については、その不動産自体の使用管理がしっかりなされていないと、誰かが、社会的・客観的に自分の所有不動産として20年間公然に平穏に使用してきていると、実際には他人の所有物だということをその人が知っていたような場合であっても、その人が主張すれば、時効によって、その人にその不動産の所有権が認められる結果が生じえます。
 その結果、元の所有者はその不動産を所有する権利を失う結果が生じえます。
  * また不動産については、その使用開始の当初に自分の所有物だと考えていて、さらにその人がそのように考えることについては当然だと言えるような事情がある場合には、10年間公然に平穏に使用してきていると、実際には他人の所有であったとしても、やはり時効で同様な効果が生じます。
 その権利を法律上確かに持っていたという、前の人の使用分を含められます。
(たとえば、10年以上前に、代金を払って土地を買って登記も済ませて、住宅を建てて平穏に住んできたけれども、その土地の実際の所有者は登記簿上の所有者とは違う人だった、というような場合です。
 前の登記簿上の所有者が、偽造の権利証や委任状によって登記を受けていたという場合にもそのようになりますが、何んらかの手違いで本当の所有者でない人が、たとえば地番を間違えてしまってまちがって登記を受けてしまっていたというようなことも、ないわけではありません。)


 不動産の権利に関しては、登記をしてあるからその不動産の権利を失うことは絶対にない、とは言えないわけです。
  * 逆に、不動産の権利の登記をしておかないと、その権利を買って取得していた場合でも、他人がその権利を(二重に)買って取得して先に登記をしてしまうようなことがあると、買い取ったその不動産の権利を基本的に失ってしまいます。
 また、不動産の登記は、その登記を受けた人に権利があることを、完全に証明するものではありません。
 たとえば、不動産の権利の元の所有者の、その権利が法律上確かな権利でなかった場合には、今回新しく自分が登記をしたから確かな権利になるという法律上の効力は、不動産登記にはありません。
 それゆえ、本当は、登記を受けるときには、その前の登記されている権利の所有者の、その権利が法律上確かな権利かどうかも、その間の人の使用期間を含めて少なくとも10年〜20年間位はさかのぼって確認しておくべきものです。
 しかし、登記された権利が法律上確かな権利ではないということは、数千件ないし数万件に1件あるかどうかというもので、しかもそのことがわかることはもっと少ないことなので、日本の場合には、登記の時に通常はそこまで調査はされていません。


 これらのように、一定期間権利を実行しなかったときには、その人が一定期間権利実行をしなかったという以上の責任がその人にない場合でも、その一定期間の経過によってその人が権利を失なったり、逆に、実際には権利がなかったのに、権利を持っていると考えてその権利の対象物を長期間使用してきた人がその権利を取得したりすることがある、という法律上の制度を、"時効"と呼んでいます。
 時効は、現在までの何年かを平穏な権利義務関係として経過してきた状態を、法律上で重視して、実際にはその権利義務関係が法律上有効でなかった場合にも、そのまま法律上で認めるという趣旨の制度です。
 時効は、具体的な法律の定めにもとづいて発生するものです。
 しかし、その法律上の効力を確実に発生させるためには、時効によって権利を取得する人、または時効によって義務がなくなる人が、相手方にその時効を明確に主張する必要があることになっています。


 
(9) 法人(会社を含む)の設立と、登記と、法人(会社)組織全体にかかわる運営事項の法律認識

 法人(会社を含む)は、ごく特殊な例外的なものを除き、すべて登記されていて、その実在や、代表者や資本金などの確認をすることができます。

 また逆に、法人(会社を含む)は、その設立をした時と、その名称や所在地や代表者などの変更をした時には、一定の期間内にその変更の登記をしなければならないことになっています。

 法人(会社を含む)の中には、その設立をするためには、行政庁の許可などが必要なものもあります。また一定の法律上の要件を整えたうえでその設立の登記をすることよって、成立するものもあります。
 会社も、このような、一定の要件さえ整えばその設立の登記をすることよって成立させることができる法人です。

 どちらの場合でも、登記は必要で、それによって初めて、その法人(会社)の組織内容を公的に証明できることになり、逆に相手方はそれを公的に確認できることになります。

 法人(会社を含む)とその事業の実際の運営と経営は、その法人(会社)組織の法律上でその運営と経営権限を認められた役職に就いている人が、それに携わっていくことによって、行われていきます。
  *「その法人(会社)組織の法律上でその運営と経営権限を認められた役職」とは、具体的には、取締役・代表取締役・理事・代表理事などの法律上の名前で呼ばれる役職です。その役職に就く人は、基本的に、その法人の「定款」あるいは「寄付行為」と呼ばれる基本規則に基づいて、一定の手続に基づいて選ばれた人たちです。

  ** 法人(会社を含む)とその事業の実際の運営と経営は、取締役・代表取締役・理事・代表理事などの役職についている人がその仕事に携わって行われていきますが、それらの役職の人たちも、「取締役会」あるいは「理事会」などの名称で呼ばれる決議機関の決議に基づいて(その決議内容に拘束されて)その仕事を行っていく必要がある場合が、少なくありません。
 それがどのような場合か、については、基本的にその法人(会社)の重要な意思決定をする場合、ということになりますが、具体的にはそのそれぞれの法人(会社)組織の法律上に定められています。


 法人(会社を含む)は、その名称や所在地や代表者などの変更をした時に行う(前述した)変更登記の他に、その法人(会社)の組織の法律上で、その運営・経営権限のある人が、基本的に毎年少なくとも一度、決算期の二、三ヵ月後に、その前年度の事業会計期間の事業内容報告と、損益計算書と貸借対照表を作って、その法人組織の基本的な意思決定をする権限を持つ地位にある人が構成する「機関」に対して、報告をしなければならないことになっています。

  * この機関は、それぞれの法人(会社)組織の法律上で、「株主総会」とか「社員総会」とか「評議員会」などの名前で呼ばれています。そしてその機関の構成員は、会社の株式を持っている株主や、その法人(会社)組織の構成員になっている社員や、その法人(会社)組織の運営・経営をチェックする地位にある評議員などです。

 また、法人(会社を含む)は、法人税法上で、その決算時期の基本的に2か月内に、法人税額の計算をして申告納税をすることになっています。

 消費税を納める必要がある法人(会社を含む)は、消費税法上での基準と方法で、その申告納税をすることにもなっています。(消費税については個人経営組織も同様です。)


 さらに、法人(会社を含む)は、雇用労働者を雇用している場合には、労働基準法上での基準と方法によって、労働契約や就業規則に基づく労働条件をその労働者に明らかにし、また、雇用保険法と、(略称ですが)労災保険法の基準と方法によって、毎年一定時期に、保険料の計算をして申告納付することになっています。
  * この雇用保険と労災保険を合わせて労働保険といいます。
 この労働保険料の申告納付については、個人経営組織の場合も、同様に必要です。
 この労働保険料の申告納付をしない間に労働者に労働災害がおこった時には、その損害の全額をその経営組織が負担しなければならない場合も出てきます。


 二つ以上の法人(会社を含む)が集まって、一つの法人にすることができる場合があり、この法人間の合体を、"合併"といいます。この合併をしたときには当然登記をします。
(合併した法人は、合併前の法人とは別の法人です。ただし、合併前のそれぞれの法人の権利・義務を:基本的にすべて引き継ぎます。)

 また、法人(会社を含む)が、法律上別の種類の法人に代わることができる場合があり、これによるその法人組織の変更を"組織変更"と呼びます。この組織変更をしたときにも登記します。(有限会社が株式会社に変わるような場合です。法人としては同一です。個人の性格が大きく変わったようなものです・・・。)

 法人(会社を含む)が、経営中途で、その経営目的の実現の活動をやめることをその権限のある人たちが決定することを"解散"と言います。法人が解散したときも登記をします。
 また、解散の決議をした法人が、その法人の財産を、最終的に零にするための手続のことを、"清算"と呼びます。この清算は基本的には、その清算の事務を代表して行う"清算人"を選んで、その清算人が法人を代表して行います。
(この、清算人の登記も、解散の登記と同時に行うことになっています。)

 法人(会社を含む)は、清算段階を終了して、その財産に余りが残ったら、その配分を受ける権利を持つ人たちに配分して、最終的にその財産が零になり、そのことを登記すると、法律上完全に消滅します。
(この登記のことを"清算結了"の登記といいます。)


 (10) 相続の法律認識

 個人が死亡すると、その人が持っていた"権利と義務の総体"が、その配偶者や子供など一定の人に"法律上引き継がれ"ます。
  * その人の"財産"が引き継がれるといってもよいものです。但し、この"財産"の中には、会計上では(計算しにくいために)通常は"負債"の中には含めない、たとえば保証債務などの法律上の義務の部分も含まれます。
 "法律上引き継がれ"るというのは、その権利と義務の主体が、配偶者や子供たちなどに移って、その人たちがその権利・義務を持つことになる、ということです。


 このような、人の死亡によってその人の権利・義務の総体が、その配偶者・子供など一定の人に法律上引き継がれることを、"相続"といいます。
 引き継がれた人(亡くなった人)のことを"被相続人"と呼び、引き継ぐ人のことを"相続人"と呼びます。
 引き継がれた財産(権利・義務の総体)のことを"遺産"または"相続財産"と呼んでいます。

 相続は、法律上人の死亡とともに始まり、引き継がれた遺産は、一旦は、法律上で定めた第一順位の相続人に帰属します。
 第一順位の相続人は基本的には配偶者と子供です。

 遺産の正味財産としての金額が大きいと、"相続税"という、相続に伴って財産を引き継いだ人にかかる税金が問題になります。相続税については"基礎控除額"という、その財産から一定金額を法律上当然に差し引いて計算できる金額があります。
 2001年1月現在、金5000万円+法律に定めた相続人の人数×金1000万円の金額までは、少なくともその遺産から控除できる金額となってるので、遺産の正味財産金額がそれ以下なら、相続税はかかりません。
 
 個人経営組織の場合や、法人でもその財産が特定の個人財産を基盤にしているような経営組織の場合には、遺産の正味財産としての金額がこの相続税の基礎控除額の金額を大きく越えるような時期には、その人の亡くなった後にもその経営を相続人が維持していくためには、その税額の予測をして手当をしておく必要があります。

 遺産の正味財産としての金額でマイナスの場合(プラスの財産よりマイナスの負債の金額の方が大きい場合)には、その負債を引き継がないように、裁判所に申し立てて、法律上相続財産の引き継ぎを放棄することができます。
 この場合には、負債だけでなく遺産全部の引き継ぎを放棄する必要があります。
 これを"相続の放棄"と言います。相続の放棄は、相続によって遺産を法律上引き継いだことを知ってから、基本的には3か月以内に申し立てる必要があります。
  なお、"相続の放棄"は、相続財産の一部を自分のために処分したりしてしまうと、できなくなります。
 * 正味財産の範囲で相続財産を引き継ぐことにする、という法律上の制度もあります。"限定承認"と呼ばれ、相続放棄をしない相続人の全員から裁判所にその制度を選択する旨を届け出て行われます。ただし、税金の上で重要な結果が生じる場合があるため、税理士など専門家に相談の上行うことが必要です。

 なお、"法律上の相続"とは直接関係がないことですが、個人経営組織の場合や、法人でも特定の個人を主にしてその経営が行われている経営組織の場合には、その人が亡くなった後にもその経営組織が経営を引き継いでいくためには、その相続人が、最低限、この読本で述べるような、経営の基礎的な技術を習得しておく必要があります。


 
(11) 手形・小切手の法律認識

 手形・小切手に関して、まず、手形・小切手を"振り出す"という言葉が使われます。
 これは、経営上では、"手形・小切手の要件内容を紙に記載し、これにその人の署名をして他人に渡たせる状態にする"ということです。必ずしも手渡さなくても、そのようにしてすでに手渡される状態になっていれば、基本的には振り出したものとされています。
  * そのような状態で手形・小切手が盗用されたような場合に、責任を負わなければならないことがある、という意味があります。
 なお、取引上では基本的に、印刷や代筆された名前に、印を押すことでも、署名の代わりになります。
 また、後にも説明を述べますが、銀行の手形用紙に記載したものだけが、手形・小切手であるわけではありません。
 振り出した人を"振出人"といいます。また、その手形・小切手を現に所持している人を"所持人"といいます。


 次に、手形・小切手に"裏書きする"という言葉も使われます。

 これは、振出人を含めて、その手形・小切手の所持人が、"その手形・小切手に表示されている金額の支払を受ける権利を他人に渡すために、その手形・小切手にその所持人の署名をして、他人に渡たせる状態にする"ということです。
(この場合に、渡す先の相手の名前を書いても、書いていなくても、法律上有効な裏書があったことになっています。)

 また、手形・小切手の金額の支払を受ける権利を他人に移すためには、この裏書によってでなければ、法律上の効力を持たないことになっています。

  * なお、裏書の記載が消し線などで消されている場合には、法律上その裏書はなかったことになるものとされています。
 裏書きの記載を消し線などで消すことを"裏書の抹消"といいます。裏書の抹消は所持人が行うことが可能であり、必要な場合もありますが、その裏書人に対して手形・小切手上の権利を実行することができなくなる場合があります。

 裏書の記載のある手形・小切手の所持人は、その手形・小切手の裏書の名宛人として自分の名前を記載して、あるいは記載しないままで、その手形・小切手の金額の支払を受ける権利を、さらに他人に裏書によって渡すことができます。
 また裏書によって手形・小切手の権利を受けた人は、途切れた裏書は抹消するなどして裏書きを連続させておかないと、その手形・小切手の権利を実行できないものとされています。


 手形・小切手は、一定金額の支払をするという約束を記載した文書の一種です。

 手形の中で"約束手形"と呼ばれる手形は、その手形の所持人に対して、"一定期日に振出人自身が直接その金額を支払います"という約束をして、手形法に定める要件にもとづいてその約束を記載した文書です。
(国内の取引では、手形といえば、一般的にはこの約束手形のことを指します。)

 手形の中で"為替手形"と呼ばれる手形は、その手形の振出人が"一定期日に特定の他人にその金額の支払をしてもらうことを委託しました"ということと、"もしその委託された人がその支払をする義務を引き受けなかったり、引き受けた後でもその支払をしなかった場合には自分がその支払をします"ということとを、その手形の所持人に対して約束して、手形法に定める要件にもとづいてその約束を記載した文書です。

 "小切手"は、その小切手の所持人に対して、その小切手の振出人が、"特定の銀行にその金額の支払を委託しました"ということと、"もしその銀行でその支払を受けられなかった場合には自分がその支払をします"ということとを約束して、小切手法に定める要件にもとづいてその約束を記載した文書です。
 小切手は、その小切手を支払のために提示されたその日に支払うものとされています。

 手形・小切手は、売掛金や貸金とはちがって、手形・小切手を振り出した人や裏書した人は、その手形・小切手の(連続した裏書きのある)所持人に対しては、基本的には無条件で、その手形や小切手に記載された支払期日と支払場所で、その手形・小切手金額の全額を支払う義務を負担することになります。

  * 売掛金や貸金は、その相手方である販売会社や貸主に対しても、また、その売掛金や貸金を譲り受けてその確認伝票や証書を持っている人に対しても、その支払義務を免れさせるような理由があれば、そのことを法律上主張できます。
 たとえば、すでに支払済だとか、買掛商品にクレーム理由があって全額支払えないなどの理由があれば、そのことを主張できますし、本当に譲り受けたのか確認をできなければ、その証明を要求することもできます。
 しかし、手形・小切手の所持人に対してはこれらの理由を、基本的に、主張することはできないことになっています。


 逆に、手形・小切手金額の支払を受けるためには、(裏書がある場合にはその裏書を自分のところまで連続させた上で)その手形や小切手に記載された支払期日と支払場所で、その手形・小切手の現物を提示して、基本的にはそれと交換にして、でなければなりません。

  * 所持人がその手形・小切手を、たとえば紛失してしまうと、その人はその手形・小切手によって支払を受ける権利を、実行できなくなります。

 逆に、その手形や小切手をどこかで買い取ったりして所持している人は、それがたとえ、当初盗難された手形・小切手であっても、その手形・小切手上の権利を、基本的に無条件で実行できることになっています。

 経営組織が、銀行で"当座預金口座"を開設してもらえると、銀行から、その銀行の手形・小切手帳を発行してもらえます。

 一般的には、この、銀行で発行してくれる手形・小切手帳を使って、当座預金額の範囲内か、あるいは当座預金を通して銀行から借入金ができる範囲内で、手形・小切手を振り出します。

 しかし、前にも述べましたが、手形法・小切手法に定められた要件が記載してある文書であれば、銀行で発行してくれる手形・小切手帳の手形・小切手用紙によるものでなくても、手形・小切手として有効です。
 すなわち、このような手形・小切手でも前に述べたような手形・小切手特有の、法律上の効力を持つことになります。
 ただ、この場合にはもちろん、銀行でその人の当座預金から支払を受けるということはできませんし、受け取った手形を"割り引いてもらう"こと(すなわち支払期日前に利息を引いてその手形を買い取ってもらうこと)も出来ません。
 
 この項の最後になりますが、経営上で、手形・小切手が"不渡り"になる、という言葉がよく使われます。
 これは、基本的には振出人がその支払義務を実行できないことによって、支払期日にその手形・小切手の金額の支払を受けられないことです。

 経営上でこれが特に問題になるのは、銀行との当座預金口座による取引の契約上では、その手形・小切手の振出人が"不渡り"を発生させた後六ヵ月内にもう一度手形・小切手の不渡りを出すと、その人は、当座預金口座による取引を銀行から停止されることになっているからです。
 それによって、取引上で手形の振り出しをすることや、手形の割り引きを受けることができなくなることはもちろん、広く取引上の信用を受けることが困難になってしまうからです。

 その振出人自身の実際の経営状況も、六ヵ月内に、二回も手形・小切手の不渡りを出すという経営の状態は、その経営維持がきわめて困難な状況であることになります。

 この、手形・小切手の不渡りや、銀行との当座預金口座による取引のことに関しては、後の項でも取り上げて述べます。


 
(12) (ファイナンス)リース契約の法律認識

 経営組織が、機械設備等を買い取って使用するかわりに、リース会社とリース契約を結んで、その機械設備等のリース料をその使用代金として支払いながら使用する場合があります。
 多くはそのリース料の支払は、月賦で行われています。

 このようなリース契約は、その機械設備等をリース会社から借りて、経営組織の方ではその"使用代金を支払っていくという、物の貸し借り"の契約として約束されたように見えます。
("リース"は、元の英語では、使用代金を支払う、物の貸し借りの意味です。)

 しかし、このようなリース契約は、単にこのような"使用代金を支払う物の貸し借り"の契約として互いに約束されているだけではありません。
 このようなリース契約は、基本的に、そのリース期間中の中途解約をすることができませんし、またもしリース料の支払の遅れがあるときには、リース会社は残リース期間のリース料全額を即時一括請求することができ、しかもその全額について一定割合の損害金の請求ができる、という内容の約束が含まれているものです。

 一般的に行われている、このような内容の約束が含まれているリース契約は、"リース会社が一旦その機械設備等を代金を支払って買い取って、その機械設備等をその経営組織に対して貸し付けるものとします"という約束と、"経営組織の方では、その買取代金分の金額と利息とさまざまな手数料をリース料として支払います"という約束を合わせた契約であって、金銭の貸借を基本的な目的にした性質の契約になっています。

 このような一般的に行われているリース契約を、"ファイナンスリース契約"と呼んでいます。(ファイナンスとは、金銭の貸付の意味です。)

 このようにファイナンスリース契約は、金銭の貸付を基本的な目的としたものなので、経営上では、"そのリース期間中の中途解約をすることができず、また、もしリース料の支払の遅れがあるときはリース会社は残リース期間のリース料全額を即時一括請求することができ、かつその全額について一定割合の損害金の請求ができるということに異議はありません"という趣旨の約束が含まれているものだということを確認して、契約を結ぶ必要があります。

  * 経営維持の観点からは、ファイナンスリース契約は、基本的には、リース会社からの借入金で機械設備等を買って、その借入金の元金と利息と、さらに諸手数料を支払っていく契約である、と考えておくべきものです。

 なお、"リース料の支払の遅れがあるときは、リース会社は残リース期間のリース料全額を即時一括請求することができ、かつその全額について一定割合の損害金の請求ができるものとする"という趣旨の約束の、法律上の効力の働きについては、この次の、"元金と利息と損害金の法律認識"の項目と、さらにその次の、"返済の延滞と残金の一括請求の法律認識"の項目で述べます。



 
(13) 元金と利息と損害金の法律認識

 "利息"は、借り入れた金銭の"使用代金"であって、経営上では基本的に、金銭の借入をすると、その借入金の契約で約束した利息支払期日にその借入期間分の一定割合の利息を支払う義務が生じることになります。

 一方、借入した金銭そのものは 、"負債"であって、その契約で約束した返済期日までにその借入金銭そのものの金額を返済する義務が生じます。

  * "利息制限法"という法律では、金銭貸付に際して貸主が受け取る手数料その他の金銭は、元金の返済額以外は、基本的にすべて利息だとして扱うことになっています。
 そして、元金が金100万円以上の貸付金の場合、貸付期間1年間当たりの元金の利息が年15%を越えるものとするとの約束は、法律上、基本的に無効だとされています。


 なお、金銭貸付は"借入金"、"融資"、"ローン"、"クレジット"などの名前で呼ばれていますが、法律上、基本的にはすべて同じ性質のものです。

 前に述べた"手形の振り出し"も、基本的には、手形の支払期日までの間の金銭貸付を受けること(借入をすること)だと言えます。
  * 基本的には、実際に金銭を借りてその支払のために振り出しをする場合と、商品代金を支払う代わりにその金銭を借りたことにして、その支払のために振り出しをする場合のいずれかだからです。

 しかも、手形の場合には、その支払について、より厳しい法律上及び経営取引上の効果が伴っています。

 経営上では、借入金をした場合には、その契約での約束上の元金返済期日までの元金返済金額と、その約束上の利息支払期日までの利息金額とを合わせて、それぞれ、約束の日までの一定期間経過後に支払うことになります。
(次の段落の説明は、借入金の契約で大きな失敗をしないために、若干繰り返しが多すぎるかもしれない説明をします。)

 経営の維持継続をしていくためには、借入金をして、それを、機械設備や仕入品など、その借入金の元金・利息以外の支払に使った場合には、"その借入金利息の支払金額については、借入日から利息支払期日までの間のその経営組織の商品供給代金の総額からその利息以外のすべての損費支払金額を差し引いた残りの金額から支払えるのでなければならない"ということを、"会計技術"のところで述べました。

 また、借入金をして、それを機械設備や仕入品など、その借入金の元金・利息以外の支払に使った場合には、"その元金返済金額は、その借入日から元金返済期日までの間のその経営組織の商品供給代金の総額から、その利息を含めたすべての損費支払の金額を差し引いた、純利益の中から支払えるのでなければならない"ことも述べました。

 また、借入金をしてそれを機械設備や仕入品などの支払に使った場合に、元金と利息のそれぞれ約束の期日までに、その期間中の利息分を加えた純利益金額の中から支払えない時には、基本的には、"流動性のある"資産部分の、資本金額から支払をすることになります。

 この、"流動性のある資産部分の資本金額"からの支払をしても支払金額に不足ができるときには、この借入金の元金・利息支払の遅延をするか、他の損費・負債支払の遅延をするか、他から新たな借入金をしてこちらの支払をするか、のいずれかになります。(この法則性は、いわば客観的な必然性といえます。)

 このようなときに新たな借入金をした場合には、その金額は、元の借入金の利息・元金の支払に使われてしまうので、その新たな借入金の約束上の元金・利息の支払期日までに、やはり、その支払期日までの期間中の利息分を加えた純利益金額の中からその合計金額を支払えるのでないと、同様な結果になり、その借入金の支払期日には、その借入金か、他の損費・負債の支払の、いずれかの支払は遅延していくことになります。

 なお、借入金の契約では、一般的に、元金・利息の返済支払期日を過ぎても返済できないときは、それ以後は利息でなく、その利息よりその金銭の(返済期日の約束を守れない)使用代金としての、金額が高い"損害金"の請求ができる、という約束での契約が行われています。
(この損害金の約束についても、利息制限法では、元金が金100万円以上の貸付金の場合、貸付期間1年間当たりの貸付金元金の損害金が、年21.9%を越えるものとするとの約束は、法律上、基本的に無効だとされています。)

 この"損害金"は、次の"返済の延滞と残金一括請求の法律認識"の項目で述べるように、経営維持にとってきわめて重要な働きをします。


 
(14) 返済の延滞と残金一括請求の法律認識

 多くの借入金の契約では、一定期間の元金と利息を、月賦で分割支払していくものとするとの約束で、契約が行われています。(分割支払を、"割賦"支払ともいいます。)

 この割賦支払での借入金の場合には、基本的にはすべて、"割賦元金や利息・損害金の支払期日にその支払がないときは、"残金の支払期限の利益を失って"残金の一括請求をされても異議がありません"という約束がされた契約になっています。

 そして、もし期日までの支払が延滞していって、貸主から残金の一括請求をされた場合には、その残金全額に対して、利息よりずっとその元金の"使用料金額"の高い、損害金の請求をされることになるわけです。
  * 金100万円を1年間借りた利息は、15%計算では金15万円ですが、損害金では、21.9%計算とすれば金21.9万円です。金1000万円だと、その10倍(219万円)です。

 この割合での金額による「損害金と元金を合わせた金額を、その日から実際に返済する日までの間の"損費"のすべてをその間の仕入を控除した商品供給代金(すなわち"収益")から差し引いた、"純利益"の中から」支払えるのでなければ、経営維持はできないことになります。

 なお、このような状況になる前の時期、また、なってしまった時期に、経営継続維持のために取るべき方法については、基本的には、以上のような、取引関係者との"信用と約束と法律上の効力"がどのように働いていくことになるかを見て、選択的に実行していくということになりますが、より具体的には、次の、第10章の中で述べます。


 
(15) 保証と担保の法律認識

 経営上でも、その他の場合でも、"保証人になる・なってもらう"、あるいは"担保を提供する・してもらう"という言葉がよく使われます。

 "保証する"とは、経営上では、誰かある人が法律上の義務を他人に対して負っているときに(あるいはその義務を負うのと同時に)、"その誰かある人が他人に対して負っている義務を実行できないときは、自分がその誰かある人に代わってその義務を実行します"ということを、その他人(すなわち、その義務の相手方)に対して約束することです。

 この保証の約束は、その義務の相手方に約束しただけで、法律上の効力を持ちます。言い換えるとこの保証の約束は、"保証契約"をしたということです。「保証契約書」などの文書は、その約束をしたことの証拠になるものです。

  * 保証することを約束した人のことを"保証人"といい、その人が負う法律上の義務のことを"保証債務"といいます。

 保証契約は、その借入金をする「誰か」と自分との関係ではなく、その貸主と自分との上記のとおりの約束をするという法律上の効果を持つ契約です。

 保証契約は、その借入金をする「誰か」がその金額の支払をできなかった場合、その借入金の残額全額だけでなくその利息・損害金の全額を保証人がその貸主に返済する法律上の義務を負うということでもあります。


 また、"担保"とは、経営上では、"民事強制執行"手続によってその権利を実現させる上でなんらかの保証になるものであって、基本的に、その保証になるものについて他の人より優先権を持っているもののことです。

  * 優先権がないと、他にも権利を持つ人がいる場合に、その保証になるものの中から、それぞれの権利の金額に応じた割合でしか配分を受けられないことになります。

 担保には、不動産を担保にするものや、機械設備など動産を担保にするもの、預金などを担保にするものなど、さまざまな種類のものがあります。
 不動産を担保にする場合でも、"抵当権、""根抵当権"、"不動産質権"などの名前の、それぞれ若干性質のちがう担保の種類があります。



 
(16) 倒産と再建と破産の法律認識

 "倒産"とは、経営上の観点からおおまかに言えば、"経営組織が、その意思に基づかない原因で、その経営維持をしていくことができなくなってしまう状態になること"だと言えます。

 もう少し正確に見てみると、"経営組織の流動性ある資本の金額と、継続的な収益予測額との合計金額に比べて、その経営組織の支払期日後の負債金額が大きくなりすぎたことが根本的な原因になって、取引関係者の信用を失い、その結果としてその経営組織が経営を維持していくことができない状態になること"だと言えます。

  * もう少し具体的に言うと、「"売却可能な正味資産"の金額と継続的に確保していける"商品供給代金収入の金額"との合計金額に比べて、定期的な支払期日に支払ができずに遅延していく"借入金"と"損費"の合計金額が膨らみすぎて、"取引関係者の信用"を維持できなくなり、その結果としてその経営組織が経営を維持していくことができない状態になること"であると言えます。

 ここでの"損費"の金額の中には、雇用労働者の定期的な給与金額はもちろんですが、個人経営組織の場合には、自らの定期的な生活費の金額も入るものです。

 倒産は、単純に、資本金額〔純資産額〕のマイナス度合いが大きくなりすぎたために取引関係者の信用を失った結果、とは言えません。

 資本金額が大きくマイナスであっても、その経営組織の継続的な商品供給代金収入の金額で、その借入金と損費のそれぞれの支払期日までに支払ができていくのであれば、その経営組織が取引関係者の信用を失うことも、経営維持ができなくなることもありません。
 逆に、資本金額が大きい場合でも、その資産の多くが経営継続維持のために不可欠な資産として、それを他に商品として売却することができなくなっている場合には、それに応じてその後の経営組織の商品供給代金収入の金額を継続的に一定額確保していけるのでないと、その借入金と損費のそれぞれの支払期日までに支払をしていくことはできなくなっていき、取引関係者の信用を失っていきます。


 なお、法人が解散して、その財産の清算手続を行っている状態は、倒産とは違います。
  * ただし、倒産の結果としてその法人の財産の清算手続が行われることはあります。
 財産の清算手続のことについては法人の設立と、登記と、法人組織全体にかかわる運営事項の法律知識の項目の、最後のところで述べました。



 "取引関係者の信用を失う"とは、具体的には、その経営組織が信用を受けている取引相手先が、その借入金や損費の支払期日後に、その支払を待ちきれなくなって取引の継続を取り止めて、最終的には民事強制執行手続や、後に述べるような倒産処理のための法律上の手続を取るようになる、ということです。

取引関係者の信用を失う結果、その経営組織の経営維持のための基盤になっているような資産に対しても民事強制執行手続が行われることになり、また、支払期日が割賦で繰り延べの約束になっていた借入金や損費については、その契約での約束に基づいて残金の一括請求が行われることによって、残額全部について支払期日が来て、それ以後の高い割合での損害金支払の負担が膨らんでいき、最終的にはその経営維持ができなくなる状態になっていきす。

 前に述べたように、経営組織が振り出した手形・小切手の不渡りが六ヵ月内に二回発生すると、銀行の当座預金取引が停止されます。

 これも取引関係者の信用を失うということの一つで、それによって、取引上での手形の振り出しをすることや手形の割り引きを受けることができなくなることはもちろん、広く取引上の信用を受けにくくなってしまうことになります。

 多くの場合、この様な状態になったときにはすでにその経営組織は倒産した、と言われます。

 しかし、このような状態になったときにも、その経営組織の継続的な商品供給代金収入の金額で、一定期間後にはその借入金と損費のそれぞれの支払期日までに支払ができていく予測が立てられるというのであれば、取引関係者との話し合いと、新たな約束のもとに、経営継続をしていける場合もあります。  また、"再生"手続など、法律上の制度を利用して、一定額にまで負債の金額を縮減させてもらい、経営維持が可能になっていく場合もあります。

 それが可能になるかどうかは、根本的には、その後のその経営組織の継続的な商品供給代金収入の金額の予測しだいです。


 経営組織が倒産状態になるころには、多くの場合、その経営組織と多くの取引関係者との間で、その経営組織の財産をめぐって、法律関係上のトラブルが多発したり、犯罪行為なども発生したりしやすくなります。

 このような、倒産にまつわるトラブルの多発や犯罪行為を防止し、倒産した経営組織の財産を、取引関係者の権利に応じて公平に配分して清算するか、あるいは倒産した経営組織の経営の再出発をさせるための、倒産処理の特別の法律上の手続があります。

 倒産処理の特別の法律上の手続は、一定の取引関係者かその経営組織自身が裁判所に申し立てて、基本的には裁判所の監督下で行われます。

 
"破産"の手続は、倒産処理の基本的な法律上の手続で、その経営組織(個人の場合を含む)の財産の最終的な清算をするための手続です。

 個人の場合、この破産手続が完了すると、生活に必要な最低限度のものを除いて資産は(たとえば所有する住宅などは)失うことになりますが、その破産手続後に引き続いて行われる免責の手続が完了することによって、基本的にはそれまでの債務についての支払義務がなくなることになります。
 この免責の手続も完了すると、破産手続が行われたことに伴う法律上の制約も、一切消滅します。
 
 また、倒産した(あるいはそのままでは倒産を避けられない)経営組織の再建をして、その経営の再出発をさせるための倒産処理の法律上の手続として、2000年4月から、"民事再生"の手続が行われています。

 この民事再生手続は、それまでの倒産した経営組織再建のための法律上の手続に比べて、より早い段階からその申し立てが可能になるなど、より迅速で使いやすい手続になっています。

 この再生手続は、「民事再生法」の規定に基づいて、総債務の一定割合を一定期間内に返済する計画を立てて、裁判所の認可を受ける手続を経て、その計画実行を完了することにより、残りの債務を免除してもらえるという手続です。

メインメニューから入った-「現在の業務関連特筆情報」の項目で、「個人再生手続」を取ることができるための要件をまとめた情報を掲載しています。

** 住宅や事業用の資産も、法律の基準に基づいて再生手続が認可されて実行されることで、残すことが可能になりえます。



(このような、経営組織の"再建"の手続が認められるかどうか、さらに成功するかどうかも、根本的には、その後のその経営組織の継続的な商品供給代金収入の金額の予測しだいです。)


 
なお、経営組織とは言えない、"個人の生活上の財産と収入のことについても、経営組織の倒産と同様な状態が"発生する場合があります。

 個人の生活上で、"その人の正味財産と職業上の定期的収入の合計金額に比べて、定期的な支払期日の支払ができずに遅れてしまう生活費の合計金額が大きくなりすぎたために、その人がさまざまな商品の供給を受けていく必要がある経営組織の信用を失って、その人の生活のために必要な商品の供給を受けていくことが困難になってしまう"、という状態になることです。

 あるいは、そのような状態にまではなっていなくても、"借入金が返済できないことによる損害金が膨らんでいくことによって、支払が遅れていく金額がますます大きくなっていくばかりで、いずれそのような、その人の生活のために必要な商品の供給を受けていくことが困難になってしまうという状態になることが明らかになった状態になること"だ、と言ってもよいものです。

 このような状態になる前に、あるいはなってからでも、経営組織の経営計画と同様に、個人の職業上の定期的収入によって、長期的にでも、借入金の返済を含む定期的な生活費の支払をしていくことができるという計画を立てることが可能であれば、前に述べた"民事再生"手続などの法律上の手続の申し立てをすることによって、そのような状態を抜け出すことが可能になることがあります。

 また、そのような状態になっても、前に述べた"破産"手続の申し立てを自ら行うことによって、法律上、その人の財産を、大きなマイナスから零としてもらい、そこから再出発するということも、可能になりえます。


 
(17) 必要な法律認識の水準を維持していくための経営技術

 この9章の最後に、経営維持に必要な法律認識の水準を維持していくために、さらに次のことが有益であるということを述べたいと思います。

 まず、自分にとってわかりやすい基本的な法律知識・常識の本を一つ読んでおくこと、次に、そのうえで自分にとってわかりやすい法律用語辞典を事務所に備えておくこと、
最後に、わかりやすい基本的な"民事判例"集と呼ばれる、民事事件についての裁判上の判断事例を集めた本の中から、興味・関心の持てる二、三のものを読んでおくことです。

 これらを、今後の経営維持に必要な法律認識の水準を維持していくために、ぜひお勧めしたいと思います。

  * なお、"判例"は、法律用語が多数使われているほか、法律用語辞典にも載っていない法律業界用語が使われている場合もあって、特に古いものは多少読みにくいのですが、実際のトラブルにおける法律的な効力の働きのありようを、何より的確に知ることができるものです。
 その中の最低一つ二つくらいを読んでみると、その価値がよくわかると思います。

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